叱らないでも いいですか

「叱らないで、子どもに伝える・通じ合う」 小学校教師、『新間草海』の本音トークです。

うちの子がなぜ△だ! 保護者怒りの電話


通信簿。
学期末に成績をつけ、子どもに手渡す。

そろそろそんなシーズンだが、思い出すことがある。
昨年のことだ。

昨年の学年末のこと。
通知票を子どもたちに手渡し、帰宅させた後。
終業式が終わり、卒業式が終わり、すべてが終わった後のことだった。

職員室で、お疲れ様のムードが漂う中、電話が鳴った。

担任した子の、父親からだった。

「なぜ、うちの子に、△がついているのでしょうか」

正直、ちょっと緊張した。
なにか、自分が失敗したような気がしたからだ。
もしかしたら、見直したはずの通知票で、記述ミスがあったのか?

「先生がどんな基準で、どんなお考えで△をおつけになったのか、ぜひ教えていただきたい」

するどい口調に、いっそう緊張が募る。
一瞬、身体全体がこわばる気がした。

しかし、すぐに理由がわかった。
「いじめ」をしてしまった男子児童の、父親だったのだ。

「行動の記録」のところに「思いやり・協力=相手の気持ちや立場を理解して思いやり、仲良く助け合う」という欄がある。
ここで、該当の男子に△をつけた。
そのことだった。

父親が電話で、
「この△はいじめのことですか? 先日の保護者懇談会?でいじめのことが話題になりましたから、今回のことは私も知っています。だから、この思いやりの項目は、いじめを認めてしまった、クラス全員が△だったのですよね。そうだとしたら、納得できます」

家庭教育には熱心なお父さんだ。
よく、授業参観も来られていた。
その後の保護者懇談会にも参加し、クラスのいじめの事も知ってくださっている。

「うちの子は、いじめをするような子ではないんです。他の子がいじめをしているのを見て、かわいそうだと思っていたって言うんです。そりゃ、傍観してた、ということはあります。すぐに、いじめを阻止する行動をとらなかった、といえばそうですけど・・・」

このあたりで、私の頭の中には、なるほど、そうか、と状況が分かってきた。
早口で一生懸命に私に話してくださるお父さんの顔の表情が、想像できた。
息子のために、一生懸命に、事情を確認しようとしているのだ。
熱心な、心のある、お父さん。

とにかく早口でいろいろとおっしゃっているので、それをまずは聞こうと思った。

「今回、はじめてですよ。はじめて、思いやりに△がついたんです。これまで、1年生の時から、通知票に△なんてついたことがなかったんで・・・。Mもちょっと泣きべそかいてますよ。」

そうか、と思う。
成績は良い方の子だ。
頭の回転もいい。体育だってできる。


「それでねえ・・・」

お父様の口調が少し、変わった。

中学入試を目標にしているんですよ。うちの子は・・・」

地元有名私立の○○学園は、入試のときに、5年生と6年生の通知票をコピーして提出することが義務付けられている、とお父様は言った。

「だから、△なんてついてたら。これで、入試に失敗したらどうしよう、と泣いていますよ」


ここか、と思った。
一番のポイント。
お父さんは、不安なのだ。
納得が、いかないのだろう。この点で。
不合格になるかもしれない、という不安が、お父さんの心にどうにも消化できないでいるのだ。

しかし、通知票の記述を決定するのは、保護者ではない。
決定するのは、教師である。
だから、心が落ちつかないで苦しんでいる。
そのことが、電話の内容を聞きながら、理解できた。

ここまで言い終えると、父親の口調がちょっとやわらかくなった気がした。
一番言いたいことが口から出てきたので、肩の力が抜けたのかもしれない。
教師と力比べをするかのような、言葉の勢いは少し消えていた。通知票に△がある、という事実にもう一度、心の焦点があたったかのようだった。


こちらも、ゆっくりと、低音で話し始めた。
まずは、言い分をしっかり聞いた、ということを確認するために、お父様の言い分を繰り返した。

「そうでしたか。5年生の成績が、入試にも影響するんですねえ。そうでしたかー」

「そうなんですよ。6年だけじゃないんです。5年からなんです」

「そうですか。私、申し訳ありません。そのこと、分かっていませんでした。Mくんが入試に挑戦することもはじめて(聞いたこと)でしたし、○○学園がそんなシステムだったことも、今初めて知りました。」

少しずつ、焦らず、父親の一番の悩みにポイントを置いて、話をしよう、と思った。


私は、こう続けた。
「どうでしょうね。△が一つ・・・。やはり入試に影響しますでしょうか。もし影響することだとしたら、この△は本当にMくんがダメな子なんではなくて、今回の△はうんとキツイ、お灸をすえる、というような意味合いが濃いのだと、中学側に説明することはできないでしょうか」

「いえ、事前の話し合いとかじゃなくて、もう必要書類として送るだけで・・・。先生のおっしゃるような感じで、中学と話し合うことなんてできないのです。お兄ちゃんが入試うけてるからわかるんです」

「そうですか。いえ、Mくんは、本当にいい子です。クラスでも、みんながよくなるように協力しようという姿勢はたくさんもった子なんです。委員会を組織するときにも自分から動いて委員長を引き受けてくれましたし。周囲に気を配る、やさしい子だな、と思いながら見てきました。」

ここまで言うと、少しお父さんも、話を聞くような感じになった。

「だから、今回の○○さんのいじめの件は、わたしも本当にびっくりしたんです」

こういうと、お父さんが急にだまったようになった。

やはり、と思った。
Mくん、自分がいじめていた、ということ、ついに話せなかったのだろう。
だから、お父さん、知らないのだ。そのことを。
お父さん、「あれ?」という感じか。
Mくん、怖くて、正直にお父さんに話せなかったのだろう。

「○○さんが、直接いじめた人、というで名前をあげた中に、Mくんが入っていたので、私もそれを見て、うーん、どういうことだったんだろう・・・、と思いました」

おそらく顔色が変わったにちがいない。

お父さんがつっかかるような早口で、
「Mが言うには、心当たりのある子が申し出よ、ということで、Mもほんの少し悪口っぽいことを言ってしまったかもしれない、というので、別の、□□先生に言ったらしいですよ。Mからも聞いています。でも、それは担任として直にはお聞きになっていないでしょう。事情を子どもから聞かないで、いきなり成績を△にするのは、ちょっと・・・」

これは、だいぶ温度差があるな、と思った。
Mの関与は、ほんの少し、どころではない。
いじめられた○○さんは、Mがこわい、と言っていた。

少し詳しく言おうと思って、
「□□先生と、それからT先生が話を聞いてくださいました。その日の6時間目を全部使って、○○さんがいじめられたと訴えた5人の子からすべて話を聞いたのですが、Mくんの話は主に、T先生にじっくり聞いていただきましたね。すみません、私自身は同じ時間、また別の子の話を聞いていましたので。Mくんのことは、T先生からあとで報告していただきましたが」

お父さんの口調が、トーンが、下がってきた。
おそらく、このあたりのことを、息子の口からは聞いていないのだ。

こちらはさらに続けて、
「それはともかくも、今回はいじめられた○○さんの気持ちに焦点をあてて、5人の子は全員、お灸をすえる意味で△にしました。これは、十分に反省してほしい、という意味です。しかし、お灸がキツすぎたかもしれません。△にする、ということでなくても、もっと他の形で反省してもらえばよかったかもしれないですね。△が入試に影響する、ということでしたら、ちょっとお灸が過ぎたかもしれません。申し訳ありませんでした」

ここまで言うと、お父さんがだまってしまった。

もう一度、

「すみませんでした。お灸が強すぎましたよね。私が説明するわけにいかないでしょうか。彼の中学入試の際に、この△はMくんの本質ではないんだと。担任であるわたしが、お灸をすえて、ほんのちょっとした悪口でも絶対にしない。傷つく側の気持ちになってほしい、心を入れ替えてほしい、という意味で△にしたんだ、と説明できればいいですが・・・」


すると、ちょっとした沈黙の後に、

「うちの子、どんないじめをしたんでしょう」

と言われた。

この瞬間、父親として、息子の「いじめ」に、焦点があたったようであった。
いちばん、考えなければいけないこと。
いちばん、父親として、向き合わなければいけないこと。
それは、中学入試でもなく、成績の△でもない。
息子が、○○さんに、どんなひどいことをしてしまったか、ということ。

そのことに、父親として向き合わなければいけなかった。
ようやく、そこを考え始めたとき、担任に対する、非難めいた口調はいっさい無くなっていた。

「先生、教えてください。教室で、Mはどんなでしたか。○○さんに何をしたんでしょう。気がつかれたことを、教えてください」

この父親、こんな声だったのか、というくらい、声が変わった。
電話の向こうから、落ち着いた、真剣な声が聞こえてきた。
それは、父親としての、威厳のある声だった。