叱らないでも いいですか

「叱らないで、子どもに伝える・通じ合う」 小学校教師、『新間草海』の本音トークです。

「ひとのせいにする その2」~体育の授業編~

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体育の授業。
バスケットボールのゲームをした。

男子はとくに得意な子がいたので、戦力に偏りができた。

「○○くんがいるから、むこうが勝つに決まってんじゃん!」



ふてくされて、思い切りやらなかった子がいたようだ。

案の定、終わってからの表情を見ると、満足した顔・・・ではない様子。
女子は満足して

「あー、たのしかった!」

という子が何人もいた。

男子との差が目立った。

そこで、さっそく、体育の授業のあと、次の時間はこのことを話しあおうと決めた。


「幸せですか?」

と聞くと、

あ、先生、またその話か・・・という顔をする。
しかし、待ってました、という雰囲気も感じる。
やはり、スッキリしない気分を、取り上げてほしいのだと思う。

「・・・幸せじゃない~」


なんでかな。

「どうせ負ける、とか、今の反則、とか、いろいろ文句みたいなのを言う子がいたから」

そうか。あまり楽しくなかったの。

「チームが偏りすぎたよ。赤は、Fくんもいたし、Iくんもいた」

「ぜったい負ける、とか言って、真剣にやらない人がいた」



それでも一生懸命、やっていた人もいたんだよね。

「そうだけど・・・」







一人ひとり、自分が願っていたことを、考えさせる。

人を責めたり、諦めたり、真剣にやらなかったりすること。



よい子は、すぐに「反省しました」なんて言うけど・・・。



こんなことを投げかける。

「まあ、反省する、というので終わるんなじゃくて・・・、先生、不思議に思うんだよね、なんで、簡単に、幸福じゃなくなるんだろうねえ。みんな、幸福になろうと思ってるのにねえ」

感度のいい子は、すぐに思いつくから、

「先生、人のせいにするからだよ」

とか、分かった風に言う。

そこで、

「人のせいにしたら幸福になるわけないってことくらい、この間から、分かってるんでしょ?」

と聞くと、

「そう。」

というから、

「なんで幸福になりたいのに、幸福にならないんだろうねえ」







「先生、やっぱ、困ると、人のせいにするからだよ」

わたしはもう、なんだか悩める哲人のようになって、力の無い声をふりしぼる。

「うーん。・・・それじゃ、幸福にならないんでしょう?」


なんだか私のことが気の毒になってきたような雰囲気で、子どもたちは私に教えようとする。

「だから、先生、幸福にならないのは分かってるんだけど、(声を強めて)分かってるんだけど・・・、人のせいにしちゃうんだよ」

わたしはそれを言う、ふだんはとても快活な女子に向かって、感心したように、

「ほえええ。すげえこと考えるな・・・」

内心、たのしくて仕方がない。


すると、子どもたち、哲学しているような表情で、やりとりが勝手に始まる。

「だから、本当はみんな、べつに幸福なろうなんて、思ってないんだよ」

隣にいた男の子が反応して、

「いや、おれ、思ってるよ」

「でも、人のせいにするじゃん」

「する時もあるけど、しない時もある」

同じ班のうしろの子が、口をはさむ。

「やる気のあるときは、幸福なろうって思うけど、やる気のないときが多いんじゃない」

「そうだぁ。おれ、べつにやる気ないかも」




そこらへんから、もう、みんな好き好きにしゃべり始めているから、ほっておく。

チャイムが鳴って、終了。

幸福とはいずこに