叱らないでも いいですか

「叱らないで、子どもに伝える・通じ合う」 小学校教師、『新間草海』の本音トークです。

大坂城の内濠(うちぼり)は豊臣方が埋めた?

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歴史はたやすく理解したつもりになってはいけないことを、この一年で学んできた。

歴史は、とても論理的に進むのだけれど、しかし、それを論理的にとらえることは、人間にはとても難しい。
だから、歴史は常に修正され続けている。
また、人物や業績に対する評価も、コロコロと変わるのである。
このことを、何度も私は、子どもたちに伝えてきた。

「いい?先生が子どもの頃と、みんなが習ってることは、ずいぶん違っているよ・・・」

犬公方と馬鹿にされた徳川綱吉は、その最たるもので、今では揺るぎない名君として紹介される。
また、大阪城を混乱させたとして厄介もの扱いされてきた淀君も、実は聡明な人物であったと言われ始めている。

なぜ、同一人物の評価がこれほどぶれるのかというと、人物の価値を判断するなんて高度なことには、当然、バイアスがかかるからだ。

大阪冬の陣の後、徳川方と和睦を結んだ際、もはや秀頼をはじめ、豊臣の首脳陣はすでに家康を認めて武装を解こうとしていた。家康は輸入した特大の大砲を撃っていたし・・・。

だから、外堀だけでなく、内側の堀も、豊臣方も一緒になって、というよりむしろ率先して内側からも埋めた。豊臣は、全国から集まる浪人たちを、もはや抱えていられなくなったのである。
これは、ついこの間の調査で分かったこと。

「ほら、内堀まで埋めたぞ」


つまり、どういうことか。

「これ以降、もはや大坂城は、戦をしないのだ。(徳川の世だ)」

豊臣は全国から集まった浪人たちを説得し、諦めさせようとしたのである。

ところが、この具体的なメッセージが、浪人たちに伝わらなかった。
逆に、真田丸強し、の噂も伴って、続々と大坂に浪人たちが集まってしまった。浪人たちは、「勝てる戦なら働こう」と思ったのです。禄をあてにした浪人たちが、「大坂に行けば、金になる」と判断した。そして、戦が終わったにも関わらず、「もう一戦、あるはず」として、豊臣軍に仕えようと集まってきてしまった。

これを、家康は「豊臣の裏切り」と受け取ったのである。

今度のNHK大河ドラマ真田丸では、そのへんの史実がどう描かれるのか、見ものであります。

( ↑ これ、NHK大河ドラマ時代考証をしている高校の先生に教えてもらいました)


ほら。

家康は深謀遠慮に長けた、狸親父であったというイメージをもつ人、この一件だけでも多いと思う。みなさん、「家康が悪知恵を働かせて、だまして内堀まで埋めてしまった」と習ったでしょ?

しかし、「歴史は一筋縄で理解してはいけない」のである。
分かったつもりになってはいけないし、分かった、とは言えないのであります。
論理的に理解できた、なんて、本当に、よく言えたものだ、ということ。

こーんなことが、次々に起こるのが、『人が人に対して行う評価』なのだ。

こういう話を、教室で繰り返すと、ことごとく、事件や事象、現象について、もはや簡単に「良い、悪い」なんてノートの意見を書かなくなります。


トランプ大統領が次期大統領になるらしい、というニュース。
「トランプ大統領」と見出しがついた朝刊を3紙、黒板に貼って子どもたちに感想を言わせた。

さすがです。
みんな、「良い」も「悪い」も、言いませんでした。
「アメリカが何の問題で悩んでいるか」に焦点が当たりました。

職を失う人が多いこと、移民の問題、国産の物が売れないこと、
富裕層と貧困層の格差の問題、都市部と地方の問題・・・

知っていることを出しあうだけでも、なんだかいろんなことが見えてきます。

これ、3学期の「国際社会」の授業につながっていくよね。

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