叱らないでも いいですか

「叱らないで、子どもに伝える・通じ合う」 小学校教師、『新間草海』の本音トークです。

自由研究は、AとBの比較が良いという話

夏休みに入る前、

教室で、自由研究の話をした。

そろそろ夏の宿題を伝えておかないと、と思ってたら、

「自由研究やるの?つまんないからヤダ」

と開口一番、Mくんが言う。

そこで、ちょっとみんなの気持ちを整理しましょう、と。


まず、自由研究にはネ、3つのタイプがあるのだよね。

 パターン1 すでに知られていることを調べ、まとめる

 パターン2 すでに知られていることに関して実験をし、確認をする

 パターン3 実験をして、新しい発見をする


このうち、いちばん小学生にふわわしいのは、パターン1でありましょう。

なぜなら、大人はもう十分に知識としてある事柄であっても、
まだ9歳や10歳の子にとっては、

「へえ、はじめて知った。本当なの?」

ということが多いわけです。
それで、

「自分でもたしかめてみたい」

と思うのは当然で、その意欲がステキなのですナ。


コツがあります。

① 〇〇は〇〇である、ということをはじめて聞いた(知った)
② それで、くわしく調べてみることにした。
③ 図書館で3冊借りて、とくにくわしいところを抜き出して表にまとめてみたよ。
④ これだけじゃつまらないから、身近な人の体験談を聞いてみたよ。
⑤ そしたら、図書館の本には書いてなかったけど、こんなことを言ってたよ。
⑥ ぼくは、本に書いてあることと、身近な人の体験談をくらべてみて、わかったことがあったよ。

もうお分かりでしょう。
世間一般的に存在するテーゼに、もうひとつ、身近な体験談を仕入れて、比較するのです。
そうすると、比較したことで実証されることもあるし、ちょっと別の視点も加わることもある。
つまり、ひとひねり、効くのですネ。

『自由研究にひとひねり追加するには、比較、の要素を入れる』


これで、小学生の自由研究は、バッチリでございます。


例)

テレビでゲリラ豪雨の報道をしていた。
ぼくの住む町でも、すごい夕立があって驚いたことがある。
いつもの通学路がすっかり水たまりになっていたよ。
お父さんに聞いたら、「地球の天気がどんどん昔と比べて変わってきた」んだって。
そこで、ぼくの誕生日のむかしの天気をしらべてみたよ。

☆過去の天気
https://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/past/

10年前の8月1日(ぼくの誕生日)→ 天気晴れ、最高気温28度
9年前の8月1日(ぼくは1歳の日)→ 天気くもり、最高気温27度
8年前の8月1日(ぼくは2歳の日)→ 天気豪雨、最高気温32度
・・・
降水量は年を追うごとに増えていってるのが分かりました。
気温も、10年間で傾向を見ると、少しずつ上がっていました。


この場合は、テーゼとして、お父さんのひとこと、があります。
「昔とちがって、今の天気はおかしくなってきとる」

これ、大人はだれも、気に留めない発言なのですが、
まだ生まれて10年の子どもにとっては、「へえ、そうなの。本当かな」と調べたくなることです。
そこで、ぼくの誕生日の過去のデータを調べて、お父さんの話に、ひと手間加えるわけですナ。



では、高学年はどうでしょう。

実験してみたくなっている高学年の子は、パターン2がおすすめです。(つづく)

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自由研究の相談

夏休みになる前、

「先生、自由研究なにしようかなあ」

という相談が増えます。

わたしがいつも言うのは、

「図書館に、ボーッとしながらいたらいいよ」

です。



図書館で、なにも決めずに、ボーッとしながら突っ立っていると、

どこからともなく、本が呼んでくれます。

「おーい、おれを読みなよ」
「いやいや、わたしを読んで」
「こっちがおもしろいぞ」
「わたしはすてきな本よ」


呼んでくれた本の背表紙を、ともかくじっくり見てみます。
すると、なんだかそいつとじっくりとつきあってみたくなる。

なにしろ、自分で選んだのではないのですから。
本が、自分を呼んでたわけで。



そういうと、子どもは馬鹿にして、

「本がしゃべるわけがないがー」

と、ぷんぷんしながら、行ってしまいます。

わたしは追い払うことに成功し、ホッと胸をなでおろしながら、
あわてて次の時間の授業の、ちょっとした準備をします。



すると、しばらくしてその子がやってきて、

「この本借りた~」

と報告してくれます。

どうしたのか、ときくと、自分で図書館に行き、
本が呼んでくれるのを待っていたらしい。

わたしは驚いて
「本が呼ぶわけないでしょう」
と思わず口にしてしまいましたが・・・


子どもの方は、


「なんとなく、シャボン玉で実験したくなった」

とか、

「葉っぱの色をしらべることにした」

とか、

「おじいちゃんの家が四国だから、うずまきの実験することにした」

とか、

あれこれと思いつくらしい。


結論。


図書館は、ひらめきの冷凍庫。
解凍しようと思えば、なにか出てくる。



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夏の大三角形の授業【理科】

① 七夕伝説って知ってる?

七夕の話。
だいたい、なんとなく知ってる。
知らない子もいる。

そこで、織姫と牽牛の話をする。
一年に一度、会える。

8月、夏休みの後半、夜、空を見てみると、
織姫と牽牛が、ちょうど真上にみえる。
夏の大三角形が、天球の真上に見える。


② 教科書にある、「夏の大三角形」の意味を知る。

教科書の「夏の大三角形」を、ノートに写す。
星に名前がついていることを確認する。
大きさや明るさが微妙にちがっていることを確認する。


③ 星座早見を渡す。

星座がたくさんあることを知る。
星座をみつけて、ノートに箇条書きにしてみる。
速い子は、5分程度で40個ほどもみつけて、書いている。
星座とは、夜空に絵がうかびあがるのではなく、星と星とを人間の想像で
線でむすぶと、形がイメージされてくる、ということを知る。


④ 今晩の夜空を印刷しておく。

今晩の夜空(インターネットで検索可能)の天球図を印刷しておき配布する。
子どもたちにはさみで切り取らせ、ぼうしのようにかぶらせる。
方角と星の位置をみんなで確認する。
「これ、今晩の夜8:00の、星の位置なんだよ。その時間だけしか使えないけど」
「え、そうなの」
「なんだ。じゃ、夏休みは使えない?」


⑤ 星座早見が、日時や場所を問わず使えることを知る。

星座早見の使い方を伝える。
日にち、場所の確認方法を伝える。


⑥ さそり座にまつわる神話を話す。

暴れん坊のオリオンに怒って、大地の神ガイアがさしむけたのが毒サソリ。
サソリが毒針でグサッとひとつき、あわれオリオン命をおとす。

その証拠に、オリオン座は、サソリ座が夜空にあがってくると、西の空へと隠れてしまう。
「今でもオリオンは、さそりから逃げつづけているって話なんだって」

早見をぐるぐるとまわして、みんなでさそりとオリオンの追いかけっこを楽しむ。
さそり座の赤い目玉が、「アンタレス」という星だということを知る。


⑦ こと座のベガを知る。

竪琴の名手、オルフェウスが最愛の妻を亡くし、さまよううちにその琴(こと)とともに、夜空にあがって星座になった伝説。
「大神ゼウスは、オルフェウスの琴を拾い上げて、夜空に浮かべました。星たちがその琴をとりまいたとき、ふたたび琴が美しい音色を響かせ始めます。静かな夜には、今でもオルフェウスの琴から、うつくしい調べがきこえているそうです。」

⑧ 星座早見を光らせる。

星座早見が光るので、太陽光にあててから、部屋の電気を消し、カーテンで暗くする。
蛍光塗料が塗ってあるらしい。
星座が光ると、

「わー、さそりが光った!!」

しばらくしてまた電気をつけて、 みんなの様子をみる。
興奮状態。

再度、部屋の電気を消すと、さっきよりも目が暗さに慣れてくるのか、

「あ、もっと見える!」
「星、光ってる!!」



このあと、もっと星の勉強したいねえ、というと、みんな

「うん、明日もやろう!!」

4年生って、ロマンチックな勉強ができる学年だねえ。


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消防署の授業

学校が火事になったら、どうするかなあ。

〇火を消す。

だれが消すの?

〇給食室の人とか、近くにいる人が消す。
〇大人が消す。

みんなはどうする?

〇逃げる。

大人はどうやって消すんだろう?

〇消火器で消す。

消火器はどこにあるの?

〇えっと・・・
〇学校のどこか。
〇給食室には、たくさんありそう。
〇廊下にあった気がする。
〇図工室の前で見たような・・・

では、校舎内のどこに消火器があるか、しらべてこよう。

校舎内のいたるところ、まんべんなく、消火器が置かれていることがわかる。



この他に、消防の設備、火を消すための設備があるだろうか?

〇火災報知器がある。
〇教室の天井に、なにかついている。火を感知するやつ。
〇消火栓もある。


火が大きすぎて、消火器で消せないことがあるよね。
そんなときはどうしますか。


〇電話!
〇消防署に電話する!


消防車がやってきたとします。
さて、学校の、どこに車を停めるでしょう?


〇火の近く。
〇あんまり近くじゃないんじゃない?
〇水の近く。
〇プールの近く?


たしかめたいねえ。
どうやったら、たしかめられるだろうか?


〇電話して聞いてみる?
〇消防署まで、行って、教えてもらう。
〇手紙を書いてみたい。



ちなみに、消防士になりたい人、いる?

〇・・・いない。
〇え、考えたことなかったけど、いいかも。
〇うん、いいかも。


今度、みんなで見学に行こう。

syoubousya_housui

採用試験を受ける人を励ます!

「わたしは採用試験を受けるべきでしょうか」

という問いが出てくる背景に、なにがあるのかな、と思う。


硬い、職業意識が、隠されてはいないだろうか。
ぜったいに仕事選びに失敗してはならない、という怖れで、
やわらかい感性までもが、ガチガチにこわばってしまっていないか。


人生を、大切にしたい、というもの。
みんな、そういう気持ちがある。
あって当然。


仕事とは何か。
人生とは何か。
職業を選ぶ、とは、どういうことなのか?

そういうこと、よく調べる時間もないから、
とくに若い時は、職業辞典のようなものを見て、
「仕事で、何をするか」ばかり、頭に入れている。

そのうえで、自分で納得し、選択していく力が残っていればいいけど。
仕事の種類を頭に入れただけで、エネルギーを消耗し、へとへとになってる。



ふりかえると、わたしの職業選びの、なんという軽いこと。

小学校で軽く俳優をめざし、
中学校でなんとなく小説家をめざし、
高校生になってようやく、

「自分は落語家になろう」

と決めることができた。

ただし大学生になって急きょ落語家を延期。
そこからはもう、書くのも大儀なほど、転職ばかり。
牛を飼ったり、研究所に勤めたり・・・、教師もいつ辞めるか分かりません。


これは、ネ。

つまり、なにをしようか、自分はなにがしたいかな、と、ずっと考えているっちゅうことだね。

それは、自分しか、自分の心がよく分からないので、自分がみてあげるしかない。



あ、そうか。

「わたしは採用試験を受けるべきでしょうか」 というのを、

あかの他人であるワタクシに質問をするってのは、

たぶん、こんなブログを書いている人に、

ちょっと背中を押してもらいたい、ってことだろうね。


よーし!!

背中を押したろう!!



「あんたは受けるべきやでぇ!!!
根性いれて、しっかり頑張らんかい!!
あんじょう、したらんかーいッ!!!



・・・どうでしょう?こんなもんで?


ouen_man

教員採用試験を受けるかどうかの相談

長い間、ブログを続けていると、採用試験関係の悩みごと相談も舞い込む。

ブログページの、メッセージ機能で、わたくし、新間へ簡単なメールが届く仕組みになっています。

しかし、このような質問に、ほとんど、何も回答できずにいます。ごめんなさいネ。

「わたしは採用試験を受けるべきでしょうか」


結論から申し上げますと、それはおそらく神様さえも、ハッキリしたことは分からないのじゃないでしょうか。

〇小学校の先生は、やりがいがありますか。→
 他の人は知らないですが、わたしはやりがいがあります。

〇小学校の先生は、タノシイですか。→
他の人は知らないですが、わたしは楽しいです。

〇小学校の先生は、たいへんですか。→
他の人は知らないですが、わたしはほんの少したいへんです。ストレスって、0(ゼロ)だと健康的じゃないらしいですよ。

〇小学校の先生が向いているかどうか、どうしたらわかりますか。→
10年ほど、やってみるしかないと思います。それと、向いていない人はたぶんこの世にはいないと思います。どんな人も、その人の味が出て、その味において、子どもたちはかけがえのない学びをするはずで、親に向いていない親はいないし、人間に向いていない人間はいないので。




「よい人生」というのを、なんとなく想定して、あれこれと気になっていらっしゃる様子。

分かります。理想(こたえ)を追い求めたくなる気持ち。だれにもあります。

ただし、理想(こたえ)はなくてもかまわないし、理想がなくてもみんな幸福でいるのが理想なので・・・。

職業にも、答え、なんてものは、無いでしょう。

ぜんぜん、期待する答えになっていなくて、申し訳ないですナ。


ともかく、あなたは、

〇教師に向いていて、医者に向いていて、保育士に向いていて、技師に向いていて、プログラマーに向いていて、農場主に向いていて、商売人に向いていて、経理に向いていて、大臣に向いていて、ひよこの雌雄鑑別師に向いている

・・・はずです。

なぜなら、この世に、向き不向きは『無い』ので。

で、あなたがあなたの人生において、なにをしていても、バッチリOKなのです。

フハハハハ・・・

lamp_majin

第六感の話

担任というのは、子どもの顔を年中みているので、

ちょっとした表情の変化などを、感じることがある。

また、休み時間に子どもが校内のいろいろなところへ探検していても、

なんとなく、あのへんに〇〇くんがいやしないか、と勘のはたらくことがある。


職員室へ向かう途中、校舎の隙間から、予想通り、

〇〇くんの顔がのぞいて、ふと目があったりする。

予感がどんぴしゃの場合、自分でもおおー、と思う。

こういう情報というのは、脳内のどこでどう処理されているからなのか、

自分でも不思議だ。



わたしのクラス以外の子も、そのへんをテクテクと歩いているわけで、

その中にまぎれた自分のクラスの子を、まだよく見もしないうちから、

サッと感知できるのは、いわば特殊な能力だと言えましょう。(傲慢にも程が)




特殊能力と言えば、嫁様のことで、感心することがある。

嫁様は、すごいことに、ネコの尿意を、事前に察するのである。

「あ、おしっこしそう」とつぶやき、赤ん坊ネコをひょいと持ち上げて

トイレに連れていくことができる。

猫ははたして、その後、すぐにおしっこをするのである。

これは、わたしにはできない。

「まだ何もしていないうちに、なんでわかるの」

「わかるんよ。なんとなく」


事前に他人の(猫の)気持ちを感知できるのは、ほとんど、魔術としか、思えない。




近所に津村さんという、鶏を長年飼っていらっしゃる方がいる。

その方は、10代の終わりから、人生のほとんどを、鶏とともにすごしてきた。

そして、早朝から昼まで、ほとんど毎日、きわめて高速に鶏の羽をつかむ仕事をしていた。

もし、鶏の羽を背中からわしづかみにする回数を正確にカウントできたなら、

その回数において、とっくにギネスブックに載っている、という人であります。



その方は、ごくふつうに、

「あの子はちょっと風邪をひいてて調子が悪いナ」

と、たくさんの鶏のなかから、調子の悪い子を、見極めることができる。

「どうしてわかるんすか」

「うーん、顔の表情かな」


にわとりに、顔の表情があったのか・・・。

この事例など、人間の特殊な感知能力の凄さを示していると思う。





このように、人間というのは、なんだかしらんが、

ある関心事を、つきつめて、つきつめて、つきつめていくと、

神経のシナプス細胞が、その触手をひょろひょろと長-く、伸ばしていくようで、

凡人には計り知れない、あるセンサーを鋭敏に、『ど発達』させることができるらしい。



ちなみに、わたしは、ほとんど誤差なく、A4のコピー用紙を、30枚ほど、ずばっと、つかみとることができる。

たぶん、30枚の厚みを、指が覚えたのだな。

30枚というのは、クラスの人数分ね。

毎日のように、30枚だけ、宿題のプリントを刷っているので、感覚が覚えてしまったらしい。

ときおり、2枚とか3枚、ミスすることがあるけど。

人間の感知能力って、ちょっとすごいよネ~。(自分で言うな)


落語家